何もない所から武器を作る方法32

そして、2005年に僕は大学を卒業し、宮城県仙台市の会社に就職した。

この頃は営業のストレスで常に口内炎が5個くらい出来たり、週末はライブの為にいわき市を行き来する様な生活だった。

 

鬼さんに出会ったのもこの頃だった。

多大な影響を受けたし、東京へ踏み出す勇気も貰った。

この時期に会えて良かった。

 

この年の秋にK先輩は結婚を機に音楽を辞めてしまった。

僕も社会に出てみて音楽を両立させる大変さを分かり始めていた時期だったので、家庭を持つK先輩が辞める事はしょうがないと思った。

少し寂しい気持ちもあったけれど、祝福した。

結婚式でK先輩の地元のラップ仲間を紹介された。

それが1つ年上のDさんと1つ年下のB君だ。

この時、この2人と意気投合して一緒にグループを組み2年後に上京する事となる。

 

上京後に3人で行った2007年のBBP、初めて行った時より人は少なかったが相変わらず日本で一番の輝いてる場所だった。

デモCDを3人で配りながら、もしかしたら関係者が聴いてくれるかもというわずかな可能性に賭けていた。

フライヤーを配っていたワンカップさんに出会ったのもこの時だった。

 

 

「K先輩の分まで頑張ってBBP出ましょう!」

 

Dさん

「おう!そしたら、あいつの家族も皆で見に来てもらおう!」

 

そんな、会話をしながら僕はいつかのK先輩のアパートを思い出していた。

あの頃は良くK先輩に「オレ日本一のラッパーになります」って言いながら何で割ったかわかんないJINROを飲んでた。

楽しかったな。すごく。

 

「Dさん、僕日本一のラッパーになります」

 

缶ビールを飲みながら言った。

 

Dさん

「おう!頼もしいな!」

 

 

この頃は良く3人で遠くまでドライブしたり、音楽の結果が何も出ていない事以外は本当に楽しかった。

 

2008年の年明けにDさんとB君がいなくなった東京で1人思った。

 

去るものは追わず、そこには理由があるのだから。

無理矢理、自分の人生の巻き沿いにする権利も無ければ必要もない。

 

ただ、まだ諦めていない奴が居た事を忘れないで欲しい。

 

 

つづく

今日の武器