武器を抱えていく1

その先の10年へ

2017年1月

僕は久しぶりに袖を通したスーツ姿で新宿にいた。
少しスーツはきつくなっていたし、革靴はカビみたいのが生えていたから朝必死に磨いて疲れた。
ネクタイの締め方は忘れているかと思ったけれど、首元に指先を持っていくと導かれる様にしっかり締めることが出来た。
良くも悪くもである。

思い返す3ヵ月前。
飲み会終わりに公園のベンチに座りひとりで缶ビールを飲んでいたら知らない番号から着信があり、出てみた。

「お!久しぶり!俺です。あなたの上司だった係長のフジタです。そんなことより、今、職場が大変なんだ!助けて!助けて!」

相手はひどく酔っぱらった昔の上司だった。
僕は適当に相槌を打ち、口元をiPhoneから缶ビールに戻した。

週が明けた月曜日に昔登録していた派遣会社の担当者から連絡があった。

「フジタ係長から話聞いたよ!前の職場に戻ってくるんだって?フジタ係長とても喜んでたよ!新しい契約書類とか準備しておくね!」

電話越しで二人とも酔っぱらっていたので会話の断片がお互いの都合の良い部分だけ切り取られたのか。
何だかわからないけれど、何かが起きているのは確かだった。
少なくとも僕の知らない所で再就職活動が始まっていた。

2015年に職場を離れ、この2年はとても自由にやってみたかったことが出来た。
それは言い換えれば可能性を削ることでもあったが、大きな収穫があったと思う。

「答えが1つの仕事」と「答えが複数存在する仕事」があり、後者はわりとクリエイティブな仕事だ。
僕はクリエイティブな仕事にある種の憧れを持っていたが、実際経験してみてわかった事がある。

ただでさえ音楽には正解が無い。
昨日まで良いと思っていた歌詞が翌日には色を失って見えたりする。
だから仕事くらいはたった1つの答えが欲しかったのかもしれない。
昔は退屈だと思っていた。
でも、2年前の僕ならきっとこの電話を取っていなかったと思う。

なんて、色々と派遣会社からの電話を切った後に考えた。
もう一度、働いてみようと思った。

何よりも誰かが音楽以外で自分を必要としてくれたことがうれしかったのだと思う。

これまでも二足の草鞋ではあったが、今までとは違う。
前よりも少しだけ踏み込んでいる。
それ相応の覚悟が必要だ。
次にもしクビ以外で仕事を辞める日が来るとしたら。
その時はきっと売れた時だと思う。

スーツのポケットに手を入れながら、新宿歓楽街をライブハウスの方向へ歩いていた。

34才になっていた。


つづく