作った武器を抱えていく6

東北新幹線より早いスピードで。

こういった自伝を記憶頼りに書いていると自分以外の人生に流れ星のように横切っていく自分と目が合う。
一人一人に長い人生があり、その途中で出会えたことをうれしく思う。

小さい頃、両親が共働き単身赴任だったこともあり、僕は祖父母ととても長い時間を過ごした。
祖父母は老人ホームに併設された商店を営んでいて、僕は幼少期のほとんどを老人ホームで過ごした。
そこでは僕が世界の中心だと勘違いしてしまうほどみんなが僕に対しやさしかった。
何をしても褒められた。
ただ世界はここだけではなかった。

幼稚園、小学校と、老人ホームではない世界で過ごす時間が少しずつ増えていった。
やがて、中学生になった僕はあんなに大好きだった老人ホームにも足を運ばなくなっていった。

高校生の時に祖父母の商店は閉店してしまった。
僕は、近所の高校の生徒たちがさんざん万引きを繰り返したせいだと決めつけていた。
いつか万引きされたものを全て取り返してやると思っていた。

祖母に「老人ホームももうすぐ無くなるから、最後に挨拶に行こう」と言われ、久しぶりに行った老人ホームは、時間が止まっているのではないかと思うほど、あの頃のままそこにあった。


それから約20年が過ぎた。
老人ホームの跡地はソーラーパネルがところ狭しと並べられ、この場所は別の意味で誰かの何かを照らす場所となっていた。
最初は景観が思い出ごと崩れる様で嫌だったけれど、こうして太陽に向かって並ぶソーラーパネルを眺めていると何だか不思議と悪くない気分になる。

振り返ると、2017年のこのゴールデンウイークは最後に祖母の手料理を食べた日になった。
1枚1枚餃子の皮を手で包みながら、いつも笑っていた。
出来上がった餃子を食べるととても甘かった。
祖母が塩と砂糖を間違えてしまったらしい。
とても落ち込んでいたが、そんなことはどうでも良くて、この餃子は今までで一番おいしかったんだ。
もう一生食べることが出来ないことは残念だけれど、本当においしかった。

餃子を食べながら、あと何回こういう時間を過ごせるのだろうと考えた。
時間が過ぎることに焦点が合い始めた気がする。
今までは、この当たり前もいつか終わるとは思っていた。
でも、その日はもっとずっと先だと、どこかでふわっと思っていた。

「焦るな」なんて言うけれど、見せたい人に見せたいものを見せることの出来る時間は限られているから、焦るしかない。
焦るしかないと思うのは、逆に「焦るな」という言葉を鵜呑みにしたら絶対に後悔することが目に見えてわかるからだ。
例え、結果が同じだったとしても、自分は精一杯焦ろうと思うし、出来ることを精一杯やろう。

祖母が塩と砂糖を間違えた餃子の話は、茶の間で夜通しみんなの心を温めてくれた。


つづく