何もない所から11

PAさんの指示に従いながらリハーサルが始まった。

声量が全然安定しない。
それはイッキさんも同じだった。
歌詞が飛ばない様に自分のリリックを追うので精一杯だった。

これで良いのかわからないままリハーサルは終わった。

イッキさんが

「ステージ上には魔物が住んでるな」
と、冗談じゃなくマジな顔で言った。

そのまま向かった控え室にはたくさんのバックステージパスが貼ってあり、それらが少し背中を押してくれた様な気がした。

イッキさんは
「控え室には魔物が住んでるな」
と、冗談じゃなくマジな顔で言っていた。

 

何度も遊びに来たライブハウスの裏側を見れたので本当だったらもっと感慨深いはずなのに、初ライブが控えているという重圧がそれらを最小限にとどめた。

見える位置に貼ったずっと憧れていたバックステージパスを撫でながら必死に自分を落ち着かせていた。

 
僕らの出番はオープンから30分後のライブ一番手だった。

「フロアしっかり暖めてくれよな!」
という共演者の言葉も緊張し過ぎてどこか上の空だった。

手汗がすごいし、小刻みに震えてる。


僕とイッキさんはステージ裏で立つわけでも座るわけでもない中腰でお互いが別々の一点をただひたすら見つめていた。


『この日の為にがんばって来た。』

でも、その言葉がここでは緊張に加算されそうで、考えない様にしていた。


オープンしてすぐにラップを辞めたノースカントが彼女と一緒に来てくれた。

 

「あんたらマジでリスペクト」

 

そんなノースカントの言葉はすぐに飛び立ちそうなくらい軽く感じた。

 

イッキさんの方を見ると瞳を閉じていた。

 

無の表情というか、きっとこの人は亡くなる時もこんな表情なんだろうなと思うと少しだけリラックス出来た。

オープンから出番までの30分は生きて来た中で一番早かった。

心臓がこれでもかってくらい脈打って、不安は容赦なく襲ってくる。

 

ふと、あの日の学食の事を思い出した。

「クソダサイ」

DJの先輩に言われた一言に向き合った瞬間だけ緊張が消えた。



つづく