何もない所から27

翌週から人事総務部での仕事が始まった。

総務系の仕事はユゼさんに付いて回り覚え、人事系の仕事は人事部のマネージャーに教えていただいた。

社員向けのカウンセリング研修に参加したり、面接官としての採用面接の練習、各種保険等の手続き、社員が入社して退社するまでの一連の流れを担当した。

 

初めての採用面接は面接を受けに来た方よりも緊張していたと思う。

 

自分が採用した社員やアルバイトが営業で活躍している姿を見ると自分の事の様に嬉しかった。

その社員が仕事で悩み相談に来た時は自分の事の様に心配した。

精一杯のアドバイスを送ったけれど、僕は心の底では辞めたい気持ちを理解出来るだけに複雑だった。

そんなある日、その社員は会社に何の連絡もなく無断欠勤した。

『飛んだ』とみんなは口々に言った。

僕は社員が住んでいた社宅に合鍵を持って向かった。

もしかすると、中で倒れていたりする可能性もあるからだ。

 

恐る恐る部屋を開けると中は空っぽだった。

 

内心ほっとした。

 

何もない部屋だけれど、床に残ったタバコの焦げ跡を見て、毎晩ここで悩み苦しんでいた様な気がした。


翌週は同期の社員が退社面談に来た。
『お前は良いよな。ほとんど定時で帰れてるみたいだし。俺達と話しても営業の愚痴ばっかりでつまらないでしょ?だから、飛ぶ前にちゃんと退社させてくれ』

そんな事を言われるのは珍しい事ではなかった。

いつの間にか営業部の飲み会にも誘われなくなっていった。

僕は飲み会が大好きだったけれど、だんだんと慣れていくしかなかった。

 

同期の退職手続きをしていると、営業のマネージャーから『離職率が上がっているから簡単に辞めさせるな!説得するのが仕事だろ!』と言われ、再度同期にメールをするも返事がないまま結局は飛んだ。


自分が何の仕事をしているのか分からなくなっていった。

 

そんな僕の心の支えはビル清掃員の方々がいる2階の休憩室だった。

総務部の仕事で清掃員の方々とのやり取りが多く、良く出入りはしていたのだが、ある時から缶コーヒーやお菓子などをくれるようになった。

祖父母より少し若いくらいの方々が良く落ち込んでいた僕の事を心配して面倒を見てくれた。

仕事で嫌な事があると僕は2階の休憩室へ逃げた。

そこで清掃員の方々とテレビを見ながらお昼ご飯を食べた。

 

そんなこんなであっという間に人事総務部に来てからの3ヵ月が過ぎていた。

 

この頃から仕事にも慣れ少しづつ音楽活動も出来る様になっていった。


つづく