何もない所から13

ライブが始まった。

今日まで何十回いや何百回と練習してきた曲のイントロを聴いたら
イッキさんのアパートやスタジオを思い出した。

僕は声の震えを抑え込む様に
泳ぐ目を隠す様に
真下を向きながら
必死で喉をふりしぼってラップした

途中で、歌詞が飛んでしまい
わけのわからないことを
叫ぶ様な時間があった

あれだけ練習した発声も
ここでは思うようにいかない

1曲目が終わる頃に無理矢理に声を出したせいか

腹部が痛かった

それくらい良くわからないラップに仕方だった

曲間に話すトークも台本を作り完璧に練習したのに

うまくいかない

 

僕は相槌を打つのがやっとで

横を見るとイッキさんも相槌を打つのがやっとという感じで

じゃあ、誰がトークしているのかと言うと

後からノースカントに聞いたところ2人でずっと相槌を打ち合っていただけだったらしい

そんな事にさえ気付かないくらいにいっぱいいっぱいになっていた

それでも2曲目、3曲目と進んでいくうちに
じょじょに緊張は和らいでいった


ここへ来て初めて少し顔を上げてみた

お客さんの表情までは見えないが

 

それでも、ここからの眺めは最高だ。

 

15分間、終わってみるとあっという間だった。

横を見るとイッキさんが滝の様な汗を流しながら何かに頷いていた。

フロアに出るとお客さんが「良かったよ!」と声をかけてくれた。
お世辞かもしれないけれど、心の底から嬉しかった。
ノースカントは既にフロアから姿を消していたが「あんたらマジでリスペクト!!!」 というメールが届いていた。

バーカウンターでビールを買い、イッキさんと乾杯した。

熱を持った喉元を通る冷たいビールの炭酸が心地良く、壁によりかかりながらさっきまで立っていたステージを眺めて飲み干した。

このバックステージパスは宝物だけれど、今日このステージに立てなかったノースカントにプレゼントする事にした。

イッキさん
「また次のライブの為に明日は反省会だ」


つづく