何もない所から19

大学生活最後の出演ライブオファーが来た。

それはタウン情報誌の主催のイベントだった。

そのイベントは僕が初めて経験するゲストアーティストを招いた出演イベントだった。

そして、ゲストアーティストは東京から『妄走族』だった。

リリースされたばかりのアルバム『進攻作戦』のリリースツアーだ。


僕とショウゴ君は大喜びした。

なぜなら僕らはアルバムを3枚所持する大ファンだったからだ。

当時妄走族のメンバーだった般若さんのファーストアルバム『おはよう日本』もほぼ毎日聴いていた。

確か、季節外れの台風翌日だったと思う。

 

ゲストアーティストのリハーサルを見ることが出来るということがとても嬉しくて、食い入る様にフロアから眺めた。

 

本番前にアルバムにサインをもらおうと控室の前まで行ったけれど、勇気が出ず、ステージ裏へ引き返した。

 

それと同時に緊張が腹の底から喉元へ。

大学生活最後のライブで、それ以降のライブ予定は入れてなかった。
社会人になって住む場所が決まってからまた動こうと思っていた。

 

この時期は終わりと始まりが紙一重で同居する。

 

ショウゴ君がステージ裏で僕に言った。

 

「ここまで連れて来てくれて本当に感謝してます。もしかして、今日で終わらないですよね?」

 

ずっと聞きたかった事だったのだろうと思う様な緊張を喉元から押し出すような声だった。


ステージ裏は普段言えないことや聞けないことが素直に言葉に出来る不思議な場所の様な気がした。

 

「まだ始まってもいないよ」

 

キッズリターンという映画のセリフのサンプリングが当時流行っていた。

『まだ始まってもいないよ』は何かの節目を迎えようとした若者にはぴったりの言葉だ。

ショウゴ君は深い笑みを浮かべた。

その笑いジワがピンとはった緊張にまた変わっていく。

ふと、横を見るとライブDJのミツヤマ君がサイン入りのアルバムを大事そうにリュックにしまっていた。

 

そして、大学最後のライブは驚くほどあっけなく終わった。


つづく