何もない所から4

昔、町の盆踊り大会の景品で祖母がラジカセを持って帰って来た事があった。
弟と自分達の声を録音した時にとても感動した。
初めて聴いた自分の声は思っていた声とは違った。

でも、それが何だか新鮮で面白かった。

それから毎日その日にあった出来事や絵本の朗読、ラジオDJの真似事を録音して遊んでいた。

ラップを録音してみようと思い、ハードオフで安いラジカセを物色しながらそんな事を思い出していた。


はじめてのレコーディングはマイクなどなくMDコンポと自分の間にラジカセをセットして行われた。
勿論、音質は最低だったが僕には最高音質に聴こえた。

そんなある日、従兄弟から連絡が来た。

「【学校へ行こう】というテレビ番組で学生ラッパーを募集しているから応募してみては?」
という提案だった。

 

従兄弟は冗談半分で言ったのかもしれないが、僕は何の迷いもなくラジカセで録音したカセットテープを番組のオーディション宛に送ってみた。
今までは行動する前に考え過ぎてしまっていた。
ここからは考えるよりもまず行動してみようと思った。

翌週、テレビ局の方から連絡があり音源審査を通過したとの事だった。

翌々週、ライブ審査の為に東京へ呼ばれた。

話がトントン拍子に進み過ぎて自分が何をしようとしているのか追い付かなかった。
ただ何か変われる様な気がした。
少し伸びた髪型を再び坊主にして、ラインと気合いを入れて審査に挑む事にした。

東京に1人で行くのは心細かったので弟に一緒に来てもらった。

新幹線の車窓が見慣れた田園風景からじょじょに高層ビルに変わっていく。

じょじょに緊張して両肩が上がっていくのがわかった。

上野駅で降り、赤坂にあるTBSスタジオへ。

「東京の人は歩くのが早いね」と弟と会話したのを覚えてる。

オーディション会場に50組くらいはいただろうか。
あっという間に僕の出番になり、幕が上がるとそこには番組でレギュラーを務めるV6さんが座っていた。

頭が真っ白になり、どんなパフォーマンスをしたのかは覚えていない。

数週間後に番組内で僕のオーディションの様子が放送される事になった。

僕はアパートの部屋で1人テレビデオの録画ボタンを押した。

 

 

つづく